Dr. みわの日々雑感

 

 

   静岡県認知症サポート医師

 医療法人志太会理事長

 ほっと会顧問医

 三輪 誠 氏

 

” ほっと会の皆様へ ”  (ほっと会会報2011年10月号より)

 

こんにちは。このたび顧問医になりました岡部町の三輪誠です。

顧問医といっても、認知症にむちゃくちゃ詳しいわけではありません。

ただ、介護サービスをいろいろ持っていますので「介護も知っている医師」として、少しでもお役にたてばという気持ちで引き受けました。皆様の疑問に対し、名解答はできませんが、一緒に迷い、解答を探すお手伝いができればと思います。

 

少し自己紹介をさせていただきます。

私は4人兄弟の長男ですが、母が仕事と弟、妹の育児の両立に忙しくて、ずーと祖父、祖母と寝起きをともにしました。そのためかお年寄りが好きなようです。

私は毎日昼食をデイサービスで頂きますが、遅いお昼ですのでお年寄りの方々が一斉に私の食事に注目します。とても食べにくいです。でも、決して嫌ではありません。みんな知り合いです。みんな昔は元気に外来受診してくれた方々です。みんな農家で猛烈に働いた方々です。車イス、強い認知症、老衰、いろいろですが、笑いかけると笑ってくれます。「先生は今頃お昼ですか、大変ですね」という顔をしてくれます。食べにくいけれど、ほめられているようで嬉しいです。

 

7月の家族会に参加させていただいた感想があります。

それは、介護の悩みは高齢者介護より、若年者介護のほうが強いということです。当たり前ですが、あらためて皆さまの肉声で確認できました。私の仕事の対象者は高齢者が多いので、「元気にする」よりも「無事に暮らす」ことに重点が置かれます。しかし、ご主人や奥さんを看ている方々は「何とかしてもっと元気にならないか」と奮闘しているようで、私も煽られました。

妻や夫が病気になったら真剣になるのは当たり前ですよね。医者はやっぱり分かっていないなと自分ながら反省しました。

 

まだまだ未熟な私ですが、よろしくお願いします。

 

 

No.1  ” 三 分 の 一 ”  (ほっと会会報2012年4月号より)

 

 「先生、おじいさんは何でもすぐに忘れる。ほんとに困るよ。」

イスに座ったおじいさんの前で、おばあさんはため息をついた。診察ベッドに腰かけ、ほんとうに大儀そうに後ろに手をつきながら。

 心なしか目がうるんでいる。

 

「おばあさん、そりゃ大変ですね。おじいちゃんは物忘れ病ですが、実は・・」

そこまで言って、私は声を落としておばあさんの目をのぞきこんだ。おばあさんは後ろに置いた手を前に回し、私に近づいた。

「実は・・物が覚えられない病気なんですよ」

低い声でそう続けると、「はあ?」という顔をした。

「忘れると覚えられないでは随分違います。覚えていない物は忘れていないのですよ」

おばあさんはますます困惑してきた。さらに声を落として、

「覚えていなくちゃ、忘れられないでしょ」

とたたみかけると、首を傾けた。これじゃ、禅問答だ。

 

 私はさらに続けた。

「ごはんを食べたかどうかを覚えていなくちゃ、本人は食べていないと思っているよ」

「そうなんだよ、何回も何回もごはんを食べたがるだよ」とおばあさん。

「だから本人は食べていないし、食べた記憶がないんだよ。喧嘩にならないんですよ」と説明を終えると、

「そりゃ、そうだね」とすっきりした返事。

えっわかったの。よかった。

 

 それからしばらくして来院。おばあさんはいつものようにベッドに後ろ手をつきながら、ちょっと自慢そうに言った。

「先生、わしゃあ、先生の言うとおりごはん一杯を3っつに分けたよ。大体3回催促するでね。時間を置いて3回やるだよ。それでおじいさんは満足だね。全部やっても量は1回分だよ。」

おじいさんは診察室のイスに座ったままニコニコしている。


一食分を小さく3回分に分け、欲しがるたびに出したら、おじいさんは怒らなくなったようだ。私はそこまで教えてはいない。普通の農家のおばあさんだが、私の禅問答みたいな話しを自分なりに解釈し、実行したらしい。

「先生が教えてくれただよ」

そう言われて恥ずかしかった。まだまだ未熟な私です。

おばあさんに脱帽!

 

 

No.2  ” 介護の達人 ”  (ほっと会会報2012年6月号より)

 

冬の早朝、100歳に近いおばあさんが亡くなった。急いで往診するとお嫁さんが枕元で涙をためていた。

「もっと見てやればよかった」

「とんでもない、あなたのように熱心に介護した人は珍しいですよ」とお世辞抜きで告げても、「まだまだみてやりたかった」というばかり。

「昔から二人は仲が良かったんでしょうね」と水を差し向けると、意外な返事。

「私はおばあさんが大嫌いだった。よくいじめられたからね。年をとって弱くなったらきっと仇をとろうと思っていた。」と言うではないか。驚いた。私の知っているお嫁さんはとうに70才を過ぎているが、まれにみるやさしいお嫁さんだからである。

 

私は朝の診察時間がせまっていることも忘れ、聞き出した。

「じゃあなぜ仲良くなったんですか」

「実は、おばあさんが認知症になったころ、何回も何回も同じことを聞くし、うんざりしてね、それで、うるさいねえと言うでしょう、そうするともっと強く当たってくるもんでね。」

「うんうん、それで」

「それでね、ある日からガラッとやり方を変えてね、なんでもハイハイときいてみたの、そしたらなついちゃってね。」

「なつくって?」

「私が野良から帰ってくると、窓から身をのりだしてね、こういう風に手を振ってね、帰ってきた、帰ってきたと喜ぶのよ。子供になっちゃったのよ。」

「なるほどねえ」

「その代わりお便所までついてくるようになっちゃってね。」

そこまで言ってお嫁さんはまた涙をため、おばあさんの少ない髪の毛を撫でた。

「もっと早くから親切にしてやればよかった」

確かに、おばあさんはデイサービスでも、「うちはお母さんがいいもんでねえ」が口癖だった。

そして自分も車イス生活なのに、同じデイサービスに来ていた近所のおばあさんのことをいつも心配するしっかりものだった。

親切なお嫁さん、嫁をいつも誉め、自分のことよりも他人を心配するしっかり者のおばあさん、亡くなってはじめて全てのつじつまがあった。

 

 

No.3  ” きれい好きな母 ”  (ほっと会会報2012年8月号より)

 

意見書を書くとき、思わぬエピソードを聞かされホロッとさせられる時がある。

 

「先生、母が台所のごみを床に投げ散らかして困ります。」

息子さんがほんとうに情けない顔をして訴えた。聞けば母一人、子一人の生活。

掃除が大変だと言う。確かに、濡れた残飯を床に散らかされたら困るだろう。

 

元来はしっかり者で通ってきたお母さんだそうで、そう言えば、真一文字に結んだ唇にその面影がある。

「でも先生、あんなにきれい好きだったのに、どうしてですかねえ。」

息子がしゃべるたびに母親の唇に力が入る。目をかっと見開いて息子を見つめる。

「息子さん、それは残飯入れが分からなくなくなったせいですよ。」

目に見えていても、その物が何だかわからない、物を認識できない状態で、失認という認知障害である。

 

「お母さんはきれい好きだから、床に残飯を散らかすことはさぞかし気持ち悪いことでしょうね。」と私が母親に話しかけると、「そんなことはしていない。」と言う。

本人が否定するのは当たり前なので、今度は息子に向かって、

「お母さんは残飯入れが分からなくて、途方にくれて仕方なく床にごみを置いたのでしょうかね。」と話した。

息子さんはなるほどという顔をした。

きれい好きな人は汚すことをひどく嫌う。他人が汚していても世話を焼きたくなる、ましてや自分で汚さざるを得ないなんて、さぞかし苦しいだろうと思う。

 

息子さんのために食事の支度をして、出た生ごみを捨てる場所が見つからない。どこをみても残飯入れがない。あせってしまって、他に良い知恵も浮かばず、ともかく床へ投げた。床が汚れた。それを見てまた、混乱した。その時はどんな心境なんだろうか。

私はホロッときた。息子さんも母親の心情がわかったようだった。

 

 

No.4  ” 私は18歳 ”  (ほっと会会報2012年10月号より)

 

ヒヤリハットが上がってきた。介護の現場で「ひやりとした事」や「はっとした事」を記した報告書である。事故を未然に防ぐシステムでどこの施設でも行なっている。

 

「86歳・女性・ベランダに出ていたので室内へお連れした。イスに座って頂いたら大便を失禁していたのでお風呂場へ誘導し、清潔にした。」「入所して間もないので目が届かなかった、これからは注意深く観察します」というものであった。

ベランダに無断で出ていたので「ヒヤリハット」なのだ。

 

私はその女性とお話しをしてみた。いろいろと世間話をして最後に年令をたずねたら「18歳です」と答えた。

私はびっくりした。というのも、その人の身になってこの顛末を分析してみると、

「18歳の私が、便意を催しトイレを捜してうろうろしていたら、見ず知らずの人に連れ戻され、間に合わなくなり失禁してしまった。見ず知らずの人にお風呂に連れていかれ、お尻を洗ってもらった。」と考えることができたからだ。

なんと恥ずかしいことか。18歳の娘が大便をもらしたのだ。記憶障害があるからその恥ずかしさも長くは続かないと思うことはできるが、果たしてそうか。

少なくとも、その瞬間はどんなにいやな、恐ろしい体験だったろう。

 

グループホームから認知症が進行して共同生活になじまないという理由でこちらへ入所された方で、前の施設からは丁寧な経過報告が付いていた。読み返すと、着衣がうまく着られない、下着をつけないで食堂に来る、などの記載があった。服をうまく着ることができない(着衣失行)は相当重い認知症の症状であり、場所がわからなくなる、どうしたらいいかわからなくなる(判断力低下)は当然あるはずの方なのだ。前もってそのつもりでいれば防げたかもしれない事件である。

 

その後、そんなエピソードもなく静かに暮らしているので大丈夫だが、考えさせられた。医療も介護も、「便失禁」「失便」という簡単な単語に潜む奥深さに心を致さなければならない。

職員教育では必ず話題にするエピソードである。