朗読音声

 

 

 

 

 

 

 

『ある朝の風景』 


 平成24年7月X日

 

朝4時。父が起きている。かなりのにおい。布団は「海」。上半身が畳の上に落ち、周りにはティッシュが散乱している。ティッシュが手品の様に出てくるのが面白いらしく、パッパッと何枚も、何枚も出している。

 

「もうー」と言いたいのをこらえて、「お父さん、お早う」と言う。父からの返事はないが、笑っている。今日もご機嫌らしい。

「お父さん、起きる?」「うん」

「起きない?」「うん」

取り敢えず起きる用意をし、私は隣で雑誌を見ている。

 

 父は時折り、私がいるかどうか確かめる。いるとわかると、数秒のうちに寝る。いないと、上半身おきて、また、ティッシュ遊びを始める。

 

 6時。病後を養っている母が起きる。母は思い切って父の布団を剥ぐ。父は二人の手をそれぞれつかんで起きるのだが、私達が力を入れるとパッと離して、喜んでいる。

 

 父はボタンをもぎとってしまう為、服はかぶるものを着る。「バンザーイ」とおだてて、何とか上半身は着替えさせる。

 「お父さん、足上げてくれる?」から、「足、上げる。ホラ」に言葉も声の調子も変わってくる。足をペタペタ叩いてみる。

 「やっぱ、(介護度)5だ」と母。

 「成績だって、5をもらったらうれしいよね、お父さん」

やっと父に笑いが戻り、象のような足を上げてくれる。下半身だけの着替えに優に30分はかかる。

 

 7時。朝御飯の手伝いをしたいらしい。香辛料の色とりどりのふたが好きで、持ち歩く。特にシナモンの赤は大好き。

 「頂戴ね」

渋々、渡してくれるが、次は胡椒をキリキリ挽き始める。

 

 少し静かだと思っていると、バナナを食べている。あー、今日は血圧測定はパス。「座りましょう」と声をかけるが、なかなか座らない。父には、座るという事がどういう事か理解できない。一口、二口食べて、自然に座るのを待つ。

 

 万遍なく食べる事が出来ず一皿だけ食べ続ける。時折、お皿を並べ代えるが、トマトだけは例外で、母のお皿にも、手が延びる。チャンチャンと、お箸でお皿を叩く。これは遊び始める合図。普段は1時間半かかって食べるが、今日は、口に運んでやる。

 

8時。歯みがきも、ひげ剃りも、父を不快にさせない程度でやめる。父は、散歩に出たくて、何回も靴をはく。ついに、私が根負けして、一緒に出かける。

 

8時40分。散歩から帰り玄関で座らせようとすると、父の様子が少し違う。ははーん。今度はトイレへ誘導しながら母に叫ぶ。

「デイサービスのお迎えが来たら、『今日はおくります』って言ってよ」

 

朝4時から支度をしているのに、迎えに間に合わせるのは至難の業だ。毎朝このくり返しが続く。

 

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